農耕社会の中に準備されてきた

2010-12-06

環境が性格のある側面を引き出し、それを強化する、ということを考えれば、日本の水田稲作農耕社会は、もともと強迫症親和性性格を育む社会であった。季節の移り変わりという自然から与えられたスケジュールに沿って、田植え、稲刈り、雑草取りと、それこそ朝から晩まで働いて努力できる性格の持ち主だけが高い生産性を維持し、同時に「働き者」として社会から高い評価を得ることができた。一方、朝寝、朝酒、朝湯の大好きな小原小助さんのようなパーソナリティーは、こうした強迫症親和性性格とは最も遠い位置にあったが故に嘲笑の対象であった。マックスーウェーバーは、近代産業社会を準備した資本主義の精神の理念型としてベソジャミソーフラソクリソを挙げている。フランクリンは、労働それ自体を尊いとする価値観、世俗内禁欲、上昇志向、自己管理の精神、効率主義、功利主義、といった価値観を有していた。あまりにも有名な「時は金なり」の精神である。こうした精神を支えるパーソナリティーは、わが国では農耕社会の中に準備されてきたわけである。

【参考】
http://www.accessoriesforyourhome.net/menu2/fgxcae13178.html


http://www.ffkansas.com/menu2/yvwhsf13177.html


http://www.agentparticipation.net/menu2/yjwpox13176.html